三月も中頃を過ぎると、随分と暖かな日和になってくる。
桜も開花を始めて、いよいよ春が訪れてきたのだと、視覚でも実感出来る様になってきた。
けれど合間には、気温の下がる日もあり、地域によっては雪が降る所もある。
そして今日は、昨日までの暖かさが嘘の様に、ぐっと気温も低く風が冷たい。
どんよりと厚い曇が、朝から空全体を覆い、天気予報は午後から雨が降ると言っていた。
本屋へ行こうと慈恵館を出る前に、見上げた空は、昼を待たず、いつ降り出してもおかしくなかった。
傘を片手に出れば、幾らも経たぬ内に、空から雨粒が落ちてきた。

雨の日は、昔から嫌いではなかった。
寧ろ、好きな日だった。
何もかもを、洗い流してくれる。
そんな気がするだけで、実際は有り得ないコトだと解っているけれど。
だから本当は、傘など差さず濡れるコトが好きなのだ。
けれど今日みたいな寒い日に、そんなコトをしたら体調を崩す恐れもある。
何より傘を持っているにも関わらず、濡れて帰れば良子先生や秋也、皆に心配されるのが目に見えている。
流石にそれはは本位でないし、用事も済ませていない現状で、ずぶ濡れになるのも憚られる。

(そういえば、三村の家に持っていった作り置き。そろそろ、無くなる頃な気がする。)

ふいに、そんなコトが頭を過ぎった。
本屋へ行くつもりで出てきたが、今すぐ必要なわけでもない。
どちらかと言えば、いつでも出来るコトで。
優先順位は、考えるまでもなかった。
それなら今日は、このまま三村の所へ行こうか。
ああ、でも今日行くコトは伝えていない。
一瞬躊躇ったが、言わずとも家に居るだろうし、追い返されるコトもない。
三村と付き合う様になってから、お弁当を作ったり、料理やら洗濯をしに行くのは半ば習慣のようになっている。
そう結論付け、スーパーに寄って、何か適当に買って行くコトに変更する。

「国信!」

方向転換しようとした矢先、名前を呼ばれる。

「…三村。」

声のする方に視線を遣れば、今まで思い浮かべていた本人が、ひらひらと手を振って居た。










『愛々傘』










「こんな所で会うなんて、運命だなッ!」

俺の隣を歩きながら、嬉しそうに三村が零す。
ただの偶然に過ぎないだろうが、ロマンティストの気がある三村にすれば、その様に解釈されるのだろう。
その言葉に対し、異論や文句は特になかった。

「…そうだね。」

三村が言うのだから、そうなのだろうし、それで良いと思う。
口元に笑みを浮かべながら、言葉を返せば、喜びが一層増した気配が伝わってきた。

「三村の家に行こうと思ってたんだけど、ご飯食べた? お腹空いてない?」

「お、じゃあすれ違わなくて良かったな。…飯は、軽く食ったけど。空いてるっちゃ空いてるかな?」

「何それ。」

「ん? 国信が作った物は、どれも美味いから、出されたら腹一杯でも全部食べれるって意味だ。」

「お腹いっぱいなら、無理しなくて良いのに。」

「別に無理はしてない。」

きっぱりと言い切られる。
嘘を言うコトはしないから、恐らく事実なのだろう。
現に、今まで俺が作った料理を、三村が残したコトは一度もなかった。

「まあ、それはそれとして。作り置いた物、そろそろ無くなると思うんだけどさ。」

「そういえば、そうだな。」

「じゃあ、スーパーに寄ってから帰ろう。」

「おう。」





















「よく降るなぁ。」

「明日も、雨らしいって言ってたけど…。」

買い物を終えスーパーを出れば、止む気配はなく、寧ろ本格的に降り出してきていた。
一本の傘を二人で使うには、少しばかり雨脚は強すぎる。
それでも三村が、傘を買う気配は無いし、俺も買えとは言わない。
こうして相合傘をするのは、これまでにも何度かある。
標準サイズの傘は、男二人が一緒に使えば窮屈で、所々濡れてしまう。
それ故に、普段より密着度が増す。
雨の日が、あまり好きではないと言っていた三村に。
こうした楽しみ方がある、と話したのは俺だった。
それが殊のほか気に入ったらしく、大っぴらにいちゃつくコトが出来る相合傘は、好きなのだと以前言っていた。
大っぴらも何も、普段でも手を繋ぎたがるし、実行しているのだから、今更何を言っているんだろうか。
そんな風に思わなくもなかったが、嬉しそうに話していたので、まあ良いかと黙殺した。

相合傘をする時、傘は三村が持つ。
いつの間にか、そんなルールが出来上がっていた。
例え使う傘が、俺の物でも三村の物でも変わらない。
理由は、自分の方が背が高いから。というコトらしい。
確かに三村の方が、俺よりも身長はある。
しかしそれは、10センチ以上も離れているわけでもないし。
どちらが持っても、然して問題はない。だからコレは、表向きの理由だ。
本来の理由は―――。



横目でチラリと三村の方を見遣れば、右肩が傘から出ている。
反対に、俺は傘からはみ出すコトもなく、全く濡れていない。
傘は必ず、気付かれない程度に俺の方へと傾けられている。
三村が傘を持ちたがる理由は、この為だと思っている。
否、寧ろ、確信している。
初めて相々傘をした日、家に帰り着いた三村の右肩は濡れていた。
ぴったりとシャツが張り付いて、肌が薄っすらと透けていたのを覚えている。
逆に俺は、若干ズボンの裾やらは濡れていたが、その他は濡れていなかった。
本人に聞いたコトも、確認もしていないし。
問いかけた所で、否定されるのは目に見えていた。
だから、歩き難くはなるけれど、俺の方から三村にくっつく。
あまり効果は無いかもしれないが、三村が少しでも雨に濡れないように。

寒い時期や、今日のように気温が低い日は、こうなるコトが解っている。
だから、あまりしない方が良いんだろうなぁ、と思う。
思ってはいるが、口にしたら、勘違いをしてショックを受けるであろうコトも目に見えて。
だから結局、言うことも拒むコトも、俺には出来ない。
何だかな、と思ったりもしたが、無意味なコトだけに早々に放棄した。
それに、出来ないなら他のコトでアフターケアをすれば良いのだと結論付けた。

「…今日は、ちょっと寒いよね。」

「ん? そうだなぁ、コートまでは要らないけど、一枚多く着ないとな。」

「うん、だから……。」

「?」



『着いたら一緒にお風呂入って、温まろうね。』



「ッ?!」

耳元でそっと囁くと、目を瞠り。次いで嬉しそうな、ふにゃりとした笑みを浮かべた。
更に鼻歌でも歌いそうな様子に、俺の口元にも笑みが浮かんだ。

(料理、出来るかな…?)

その後をちらりと考えるが、まあ、なるようにしかならない。
何より、大事で優先されるべきなのは、料理を作るコトじゃなく。
三村が、体調を崩さないコトだ。
まあ、違う意味で体調が悪くなるかもしれないが(のぼせる、とか)
こうした、他愛もないコトが、倖せなのだろうと。
傘を持つ三村の手に、自分のそれを重ねた。















fin.




2010.04.22
前にも似たような話しを書いたな…、と思ったのですが。まあ、良いかと(笑