その人と初めて会ったのは、四月の終わり。
黄金週間、なんて呼ばれる大型連休に入る頃だった。




















『帰りたい場所』




















数日前から、テレビのニュースは、空港や駅を利用する人達の映像が流れていた。
長期の連休に、浮足立った雰囲気が、伝わってくる。
皆こぞって、何処かに出掛けていく。
つい先程、近くの本屋へ出かけた道中、コレから車で出掛けるであろう家族を見掛けた。
そんな様子を羨ましい、とは思わない。
唯、家族で旅行をしたのは、いつ頃が最後になったんだろうとは思った。
今年の休みも、私達は何処かに出掛ける予定はない。
世間がいくら、大型連休に騒ぎ立て様が、家には関係ない話しだ。
普通の休日と、何も変わらない。
家は静かで、帰っても誰も居ない。
兄が、少し出てくると言い、それを見送り。
もし外出するなら、戸締りを忘れるなよと言い出掛けて行った。
その後、少しして私も外に出た。
本屋で立ち読みをしていたら、つい熱中してしまい。
気が付けば、一時間以上も経っていた。
思いの外、長居してしまったらしく、慌てて目当ての本を買い、店を出た。
だからもしかすると、兄は既に帰っているかもしれない。
お昼も少し過ぎた頃だし、お腹も空いてきた。
昼ご飯は、どうしようかなと考えながら帰路に着いた。










***










今年の連休は、最長で十日程ある人もいるらしく。
確かに、旅行などするには最適かもしれない。
普段なら、もう少し人の往来も多いのに、見掛ける人の姿は疎らだった。
この連休中、父の仕事も休みになるだろうけど。
どの位、家に帰って来てくれるんだろうか。
叔父が生きていた頃は、今とはもう少し違った様な気がする。
兄は叔父を、尊敬していたし。私も、叔父のコトは好きだった。
こうした休みには、会ったりしていた。
でも叔父が亡くなり、私達が遠出する回数は殆ど無くなった。
そう考えると、家がこんな風になってしまったのは、叔父が亡くなってからだろうか。
多分、違う。
叔父の死も、一つの切っ掛けになったかもしれない。
それでも、気が付いた時には、家族みんな、バラバラになっていたと思う。
少しずつの変化は、目立つコトがなくて。
だからそれが、普通になって、いつしか日常に変わる。
父も、母も。滅多に二人共揃わない。
帰るべき筈の場所なのに、顔を合わせるコト、姿を見付けるコトが難しいなんて。
両親が家を空けるコトも増え、それすら普通で、慣れてしまった。
哀しい様な、寂しい様な気持ち。
なのに、口には出せない感情。
言っても聞いてくれる人は居ないし、伝わるコトはない。
家族のコトは、嫌いじゃない。
兄は、叔父を慕っており。その分、父のコトをあまり快く思ってはいない風だけど。
それでも、兄の口から直接言葉にして聞いた訳ではないから。
気の所為かもしれない、と思う様に、深く考えない様にしている。
兄のコトは、好きだ。たった一人の、兄妹で、一緒に居てくれる人だ。
両親は、胸を張って、大きな声で大好きだと。
躊躇わず、口にするのは、今の私には出来ないかもしれないけど。
だから私も、兄のコトを、とやかく言えないんだ。
でも、こんな。他の家と違ったとしても。
例えどんな風であろうと、私にとっては大事な家族に他ならない。
それだけは、間違いない事実。
唯、あの家は、安らげる場所ではなくて。
寂しい場所になってしまったけれど。





たまに、もう少し私が、家のコトを出来る様になったら。
変わるかな、とか。考えるコトがある。
例えば、料理が出来る様になったりとか。
けれど一人で料理をするのは、上達するまでに、時間が掛かる。
教えてくれる人も、いないから。
多分、最初の内は、失敗ばかりしてしまいそうだ。
そんな料理を毎回の様に、兄に出すのは気が引ける。
何だかんだと言いながらも、全部食べてくれるだろうから余計に。
母が作ってくれた、ご飯の味も。何だか最近、朧げな記憶になってきた様に思える。
元々、母は料理が得意な方ではなかったから。
あまり台所に立つ、というコトも無かったけれど。
料理といえば。
この所、食卓に並ぶご飯が美味しい。
コンビニや冷凍物、出前なんかが多かったのに。
そうした物でない、手の込んだ調理された物が並んでいる。
初めは、兄が作ったのかもしれないと思ったけれど。
聞けば違うと、言葉が返ってきた。
それなら、誰が作った物なのだろうと考えたら、前にも一度、何処かで食べた気がした。
記憶を辿れば、昨年の秋頃に食べた物と同じ味だったのを思い出す。
ぽつりと、零せば。

「よく解ったな。」

意外そうな、驚いた表情をした兄が、今度は感心した様に返事をした。

当たっていたんだと。
料理を作ってくれた人と、まだ会ったコトがないけれど。
前に食べた時から、随分と時間が経ってるのに。
こういうコトをしてくれる、というのは。
もしかすると、兄の彼女なのかもしれない。
今までも、そういった存在は居たみたいだけど。
家にまで連れて来た人というのは、居なかったと思う。
料理を作ってくれるぐらいなのだから、その人は私が知らない時、家に来ているのだろう。
予め作った物を、届けてくれているのかもしれないとも思ったけど。
タッパーや、お皿とかの類を見掛けたコトはない。
だから、作りに来てくれているんだと、私は思っている。
そんな人なら、会って見たい。
出来れば、料理を教えて貰いたいなとも思った。
美味しい料理を作ってくれたコトに、お礼も言いたい。
そう思って、兄に何となく会わせて欲しいと伝えてみたけど。

「あー…、その内な…。」

と、何だか曖昧で、歯切れの悪い言葉が返ってきた。
前にも確か、似た様な反応を返された気がする。
別に会うくらい、良いのに。
悪口とか、文句なんかを言う訳じゃないんだから。
もしかすると、照れ隠しだったのかもしれない。
よく解らないけど、意図して会わせてくれる気がないなら。
偶然、会えるまで、待たなければいけない。
そんなの、一体いつになるのか想像もつかない。
もしそうなら、その時は兄に文句の一つでも、言わねば気が済まない。










***










家に着き、玄関のドアを開ければ、中からは、良い匂いが漂ってきた。
誰かが、料理をしている。
玄関を見れば、兄と誰かの靴が揃えて、二足並んでいた。

『会えるんだ…ッ!!』

いざ会えるとなると、凄く緊張した。
一体、どんな人なんだろう?
解らないけど、わざわざ料理を作ってくれるんだから、優しい人なんだと思う。
逸る気持ちを抑えて、そっと足音を忍ばせ。
ドキドキしながら、リビングに続くドアを開ける。
そうして、台所に立っている、後ろ姿が見えた。
黒髪に七分のシャツ、黒の細身のパンツにエプロンをして。
暫く見詰めていると、食欲をそそられる良い匂いに、お腹が鳴った。

「…あッ!?」

何だか恥ずかしくて、思わず声が上がってしまった。
慌てた私の声に気付いたらしく、その人はコチラを振り返る。
そうして暫く、目が合う。
見止げた視線の先に、映るの姿は。想像していた人と、随分違ったけれど。
その人は、一瞬、目を瞠って。
でも次の瞬間には、表情が変わり。

「おかえりなさい。」

目を細め、微笑みながら、優しい声が響いた。
「ただいま」と、口を開きかけ、それなのに、実際は声が出なくて。
唯、私は、その場にボーっと立ち尽くすコトしか出来なかった。










それが、国信慶時という人との出会いだった。











fin.




2009.04.04