何処で違えてしまったのか。
今となっては、それすら解らないし。
どうでも良いとさえ思える事実は、考えるコト自体を放棄した。
唯一、解るのは。
彼、三村が変わってしまった要因は。
俺に有る、というコトだけ。










『この愛は万死に値す』










頬杖を付き、何とはなしに、窓の外をぼんやり眺めていると、顔に影が差す。
視線だけを正面へと動かせば、三村が目の前に立っていた。

「帰ろうぜ。」

笑顔で告げてくる、三村の顔を暫く見つめる。
その瞳は深く、何処かココではない遠くを見ているようにも思えた。

「…。」

無言で鞄を持つと、席を立ち。二人並んで、教室を出た。
廊下を歩きながら隣で話している三村の言葉を、俺はただ返事はせずに黙って聞く。
途中、数人の同級生達が三村へと声を掛け、それに答える。
この学校内に、友人と呼べる相手は俺に存在しないから。
例え俺が、三村の隣に居ようとも、態々俺に声を掛けてくる人間もいない。
それが、今在る俺達の日常風景だった。










***










中学卒業後、俺と三村は地元から離れた、寮のある高校へと進学した。
理由は単純明瞭。
三村が、俺に告げてきた言葉に発端する。
最初の内は、それでもまだ可愛らしいモノだった。
自分以外の人間と、俺が仲良くしている姿を目にすると気分が悪い。とか。
別段、その人物と言われるほど仲良くしていたわけでもないけれど。
それでも普通に、『嫉妬』と称される程度のモノだった。
しかし、コレが始まりだった。



俺が他の人間に、笑顔を向けたのが気に入らないと。
次いで、他の人間と口を聞いているのが嫌だと。
中学卒業を控えた頃には、俺の目に他人の姿が映るのも嫌だと。
笑顔を向けるのも、話しをするのも、その目に映すのも。自分以外の誰かなんて、許せないと。
そんな姿を目にする度、相手に対し湧き起こる衝動を感じるのだと。
淡々と、過剰とも想える言葉を口にする三村に。
冷たいモノが、背中を伝うのを感じた。正直、怖いと思った。
否、三村自身が怖いのではなく。
彼を、三村をそんな風に変えてしまった事実が。
そうしてソレが、俺なのだという現実に。
これ程までに強い感情を、ひたむきなまでの想いを。
一心に注がれる程の価値が、果たして自分などにあるのか。
俺が、どれ程までのコトを、三村に対して応えられているのか。
この時になって、自分自身に価値を見出せないでいた俺は、少なからず不安を覚えた。
そんな俺みたいな人間に、何が出来るのかなんて、解らなかった。
唯、三村が望み、俺に出来るコトであるのならば。全て叶えたいと思った。
それが俺に出来る、唯一で全てなのだから。

『他人と会話を交す、笑顔を向ける、瞳に姿を映す。』

コレ等を回避する上で、問題はそれまでに築いた友人達。
中でも秋也。
秋也の存在が、一番の難関だった。
幼い頃から共に育ち、親友であり家族同然の秋也と、全てを切り離すというコトは皆無に等しく。
今ある状況下で難しいのであるなら、ソレを壊すしかない。
そうして出来たコトは、秋也の傍から離れるコト。
事実を話した所で、秋也には恐らく理解して貰ええないであろうコトは、目に見えていたから。
俺にとって二人は。
意味こそ違えど、大切な存在に他ならない。
そんな二人の関係を、俺の所為で、壊してしまうような真似はしたくなかった。
だからコレが、最善で最良の策だと思っているし。
後悔は、していない。



こうして、周囲に今までの俺を知り得る存在はいなくなった。
そうなれば、後は簡単なコト。
周りの一切を、遮断すれば良いだけなのだから。










***










無言で無表情、それが今の俺。
元々、周囲など興味も無かったのは事実で、有って無いようなモノだった。
だから全てをシャットアウトした所で、苦でも何でもなかった。
今、俺に話し掛けようと、関わろうとする者は誰もいない。
それは俺が自ら望んだコトであり、結果だ。
この現状に、然したる不満もないから問題も無い。

唯、言葉も発さず、表情一つ変えない俺と、三村が一緒に居れば目に付くし、周囲は疑問に思うのも当然で。
俺の方から、三村に近付くような行動はしなけれど。
周囲からしてみれば、俺が三村に纏わり付いているようにも映るらしく。
一部の、主に女生徒達からは、色々と言われたりもする。
元々人目を惹き、もてる三村のコトを考えれば。
過度の偏見や、曲解がそうさせるのも、ある意味当然なのかもしれない。
そういった者達からは
『纏わりつくな』とか。『鬱陶しく思われてるのが解らないのか』という風なコトを、口にしてくる。
その様なコトを言われても、痛くも痒くもないし。
寧ろ勘違いも甚だしい彼等に、笑みさえ浮かびそうになる。
三村のコトを、何一つ知りもしないくせに。表面上しか解っていないくせにと。
滑稽すぎる様は、いっそ憐れでしかない。
それでも、頻繁に起これば鬱陶しく感じるのも事実で。
ココが男子校であったなら、違う結果になっていたのだろうかと。詮無いコトが過ったりもする。

しかし、言われる行為自体は、どうでも良い。聞き流せば済むコトなのだし。
唯、その現場を三村が、見聞きしないで欲しいとは思う。
もしくは、勘違いした者の一部が。直接三村に、告げるなどという事態にならないのを願う。
尤、それらが現実になった時。
酷い仕打ちに遭うのは、彼等の方であろうけれど。
別段、彼等を庇いだてする気もないが。
そんなヤツ等の所為で、警察沙汰だとか、大事に三村が巻き込まれるのは嫌だし、必要性もない。
何より三村自身の意思なら構わないが。
周囲の所為で、俺の前から、三村が姿を消すような事態は、冗談ではない。
例えば、恋愛映画や、小説の常套句として。
『君は僕にとって、世界の中心だ。』とか。
そんな陳腐な台詞があるけれど。
俺にとって、『三村信史』という存在は。
『世界の中心』などではない。『世界の全て』なのだ。










***










三村の言葉が、態度が。俺に生命(いのち)を与えた。
色の無い、無意味な世界が色付き、意味のあるモノに思えるようになった。
今でも、自分自身に価値を見出せずにいるけれど。
それでも、昔に比べたら少しは感じられるようになった。
三村が俺を必要だと、傍に居たいと。
そういった言葉達が、今の俺を生かしていると言っても過言ではない。
俺達は男同士で、不毛なモノ・関係だと言う人もいるだろう。
彼等の言を否定する気は無いし、間違いではないと思う。
非生産的で、周囲の理解も得難く、未来への保証など何も無い。
唯一繋ぐモノが、お互いの心だという、目に見えず形の無いモノだという事実も、変えるコトが出来ない。
それはある日突然、ぷつりと切れてしまう、脆く儚いモノなのかもしれない。
だけど、そんな日を恐れて、今、手放せる程に軽いモノではないくらい、俺の中で大きなモノになっている。
三村は今以上に、過剰な想いを募らせて。
俺が部屋から外に出るコトさえ、厭うようになる日が来るかもしれない。
でも、本当は。
他人と関係が絶たれ、世間と隔絶されようが。
そんなコト、俺にとってはどうでも良い、取るに足らない問題なのだ。
高校とて、辞めてしまっても構わないし、未練も躊躇いもない。
そうするコトで、三村の気が済むのであるならば。望むのであれば、一向に構わないのだ。
俺は、三村の為に死ぬコトは出来ない。
だけど、三村になら殺されても構わないと思っている。
俺の持っているモノ全て差し出して、満足してくれるというのであるなら。
それ程には、三村のコトを想っている。










なーんて、俺は三村をダシに自分自身を、正当化しようとしている。
否、紛れもなく、しているんだ。
そう、俺は三村が想っているような人間じゃない。
純粋でも、奇麗でも、ましてや潔癖でもない。
寧ろソレは、三村の方だ。
きっとその事実は、本人すら気付いてない事実だろうけれど。
こういった人間を、汚(けが)す感触というモノが、どれ程甘く、魅力的なコトなのか知りもしないだろう。
束縛されているようで、実際には束縛している。
いつでも俺から離れられるように見せて、決して離れるコトなど出来ないように。
三村信史という人間を、引き摺り堕す様に満足している。
俺みたいな人間に、生命を与えてしまったばっかりに。
あんな言葉を、態度をとるからいけないんだ。
俺はもう、三村を離すコトなんか出来ない。
生命を与えたのが三村なら、絶つのも三村の役目だ。
嗚呼、俺なんかを好きになったりしたから。
こんな感情を、こんな人間を呼び起こしたのが悪い。
俺は唯の、エゴの塊。
根底にあるのは所詮、薄暗く、鬱屈した、世間一般に狂気とされるモノ。
三村が、変わってしまったという一方で。
何もかも、俺の思惑通りに事が進んでいるのだ。
俺のコトしか、それ以外のコトなど考えられないよう。
そう誘導し、仕向けたのも全て
―――






























その事実に、うっすらと笑みが浮かんだ。
















fin.




寧ろ裏(人でなし)でアップすべきだったか迷い所…。
でもまあ、この想いを共感し合えたら人でなしCP成立で裏収納になるのかな。

07.01.03

(最果てより)