それは、恋でなく、愛などでもなくて。
只、純粋な好意。恐らくこの世で唯一、俺が敬愛している人。















貴方にくれたモノ   1
















その日は、朝から雨が降っていた。





梅雨入りした空は、常に厚い雲に覆われており、ここ最近、太陽の光を完全に遮断していた。
湿気が多く、じめじめと肌に纏わりつくような空気。
気候は兎も角として、雨の日は昔から好きだった。
大粒の雨が、建物に当る音を聞くのは、以外と楽しいし。
勿論、傘をささず雨に打たれるコトも好きな行為の一つだ。
けれど同時に、酷く疎ましく思える時もある。
忘れたくても忘れられない、過去の記憶を嫌でも呼び起こさせるから。
だから自分にとって、雨の日というのは、好きであると同時に無意識の内に苦手に感じる。
何とも相反する思考が織り交ざった、複雑な物と言えた。





一日の授業が終わっても、未だ雨は止む気配が無く、シトシトと降り続ける。
けれど朝より幾分は小降りにはなっており、傘をささずとも良いかと判断した。
結果、雨に打たれて帰るコトにした。
そうして濡れながら一人、慈恵館への道程を歩く。
普段通い慣れた通学路ではなく、敢えて違う道を選んで。
その所為か、人気が無く、自分以外の人間(ひと)を見掛けるコトもなかった。
尤も、雨の日に好んで外出するという物好きな人も、あまり存在しないだろうけれど。
お蔭で、とても静かに、ゆっくりとした時間の流れを感じた。
空から降り注ぐ雨は、肌に纏わりつく空気を和らげ、潤してくれる。
まさに、恵みの雨と言った所か。
しかし元来、平熱が低いので、こうして雨に濡れたりすると、更に体温が奪われ身体は冷える。
それでも、この感覚が密に俺は好きだった。
只、今日みたいに濡れて帰ると、良子先生に心配を掛けてしまう。
そのコトだけは、申し訳無いと思いはしていた。
けれど、止める気も無いから、出来ずにいるのが実状。
とりあえず、着いたら身体を拭いて…。
否、お風呂に入った方が手っ取り早いかもしれない。
そんな他愛の無いコトを、つらつら考えながら歩いていた。





どのくらい歩いた頃か、ふと視線を足元にやれば、幾つもの大きな水溜りが映る。
それを見て、唐突に思い出す景色。
今よりもっと小さい頃。あれは確か、小学校低学年頃だったか。
雨上がりの空、外へ出てやたらと水溜りに足を入れ、はしゃいでいた秋也の姿。
何がそれ程楽しいのか、俺にはよく解らなかったけれど。
とても上機嫌に、満面の笑みを浮かべ、いつまでも遊んでいた。
結局泥だらけになり、良子先生に叱られていたけれど。
それでも尚、秋也はそれからも、その行為を止めるコトはしなかった。
その度に注意をしていた良子先生も、次第に諦めたのか『風邪を引かないように』と言うだけになった。
懐かしい過去の風景。
暫く立ち止まり、ぼんやり水溜りを見つめていると、前から車がコチラへ向かっているのに気付く。
この場に居たら危ない。
傘をさしてない俺は、それで防ぐコトも出来ず。
思った瞬間には、時既に遅く、バシャッと盛大に水飛沫を全身に被った。





雨の中、傘もささずに歩いていたわけだから、この時殆ど濡れていた。
走ってきた車も、スピードを出していたわけでもなく徐行していた。悪気があったわけでもないだろうし。
だから今更、濡れるコトに対しては、どうとも思わなかった。
只、このまま帰ったら、良子先生に何を言われるか。
気掛かりなのは、それくらい。
そんな俺の所へと、少し進んだ先で停車した車の中から男の人が向かってきた。
このご時世、随分と珍しい人もいるんだなと思い、ぼんやりとそちらに視線を向ける。

「本当に申し訳無い、大丈夫だったかい?」

言って小走りに、慌てた様子で近付いてくる男の人。
高級そうなスーツを身に纏い、眼鏡を掛けた物腰柔らかそうな人。
自分が濡れるのも構わず、とても申し訳無さそうに謝罪してくるその姿は、初対面でありながら好感が持てた。

「ああ、全身ずぶ濡れになってしまったみたいで。本当に申し訳無い。」
「否、元々濡れてましたから。気にしないで下さい。」
「そう言われても。このままで居たら風邪を引きかねない。家は、この近くなのかな?」
「え? …近くは無いですけど。」
「なら僕の家に来ると良い。」
「いや、そんな。ホントに大丈夫ですから…。」
「そう言う訳にもいかない。お詫びの気持ちだから。」
「え、あの、ちょっと…。」

責任感が強いのか、そう言い腕を引かれ、半ば強引に車に乗せられた。

「あの、車内が濡れてしまうので…。」

そう断りの言葉を紡ぐが、そんなコトは気にしなくて良いと即座に返される。
何を言っても無駄そうである雰囲気に、促されるまま、大人しく従うコトにした。










中学一年の六月、梅雨入りした間も無い頃。
それが俺と、逆木冬也という人物との出会いだった。




















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【罪と罰】で名前だけ、出たオリキャラとの話しです。ちなみに読みはサカキトウヤ。
時間軸は、三村と面識持つ以前の中1時。でもまあ、後々絡まって行く予定。更新はのろのろ亀の歩みです…。
にしても、↑はある意味犯罪に近い行為ですな(まんま犯罪だろう)ツッコミは無しの方向で…。

2004.07.07
2005.11.改