毎日毎日、鬱陶しいくらいに降っていた雨が止んだ。 『ココロ模様、アメ模様』 今年の梅雨入りは、例年に比べて早いとテレビの天気予報が言っていた。 そうして気象予報士は、天候を毎日雨と告げる。 確か、太陽を最後に見たのは、一週間くらい前だった気がする。 梅雨の中休み、とでもいうのだろうか。 鬱陶しいくらい連日降り続いて雨が止み、久々に本日太陽が顔を覗かせた。 今日明日と学校は二連休で、こんな休日を、家で一人過ごすのは勿体無い。 そう思った俺は、国信へ電話を掛けた。 所謂、デートのお誘いという物だ。 突然の誘いに、断られるのではないかという不安が内心あった。 けれど、その思いは杞憂でしかなく。 俺の誘いに、国信はアッサリと了承してくれ、会うコトになった。 とまあ、ココまではいい。 午前中は、とても良い天気だった。 昼食を終え、外に出て暫くした辺りから、雲行きが怪しくなり。 見上げた空の先、雨粒が俺の顔めがけて落ちてきた。 それは、あっという間に、大粒の雨に変わり。空から、止めど無く降り出した。 当然傘など持っている筈もなく、現在二人で雨宿り中という状況。 *** 「はあーッ…。」 「五回目。」 「?」 声がする方へと視線を向ける。 視線の先、俺の右隣には、雨へと目を向けたままの国信が静に立っていた。 「何が?」 ふいに言われた言葉に、訳が解らず問い掛ける。 「溜息、さっきから吐いてる数。」 そう言うと国信は、俺の方へと顔を向けた。 無意識だった為、全然気付かなかったが。そんなに吐いていたのか。 「…そりゃあなぁ、溜息も吐きたくなるだろー?」 国信の言葉に返しながら、またもや溜息が自然と漏れた。 「解らなくもないけど、梅雨なんだし、雨が降るのは仕方ないだろ?」 言いながら呆れた表情をし、再び降り頻る雨の方へと視線を戻してしまった。 そうして、雨粒を眺めている国信の表情は、なんだか凄く嬉しそうで。 「相変わらず、雨、好きなんだな。」 ぽつりと洩らすと、俺も国信に倣い降り頻る雨へと視線を向けた。 「うーん? ま、嫌いじゃないけど。雨っていうかさ、水が好き、…なのかな?」 水は優しく包み込んでくれるイメージがあるし、何しろ恵みの雨って言うくらいだし。 そう付け加えられる。 正面を向けたまま、視線だけを国信の方へと向ければ。 目に映る国信の表情は、楽しそうで、嬉しそうな笑みを浮かべていた。 「…。」 なんとなく面白くない。 国信が浮べている表情に、不満が湧き起こる。 否、笑顔なのは別に良い。 ただ、ほんの些細なコトではあるのだが。 そういう笑顔は、自分に対してこそ、のみに向けて欲しいと思う。 そんな風に思ってしまうのは、我侭でしかないかもしれないけれど。 「俺は晴れの方が、好きだけどな。」 「ああ、確かに三村はそんな感じする。性格的な所とか、太陽の下のが似合うと思う。」 少しだけ不機嫌に言えば、返ってきたのは妙に納得した様子の声と、ふわりと柔らかな笑顔だった。 見たいと思っていた笑顔をふいに浮かべられ、一瞬心臓が飛び跳ねる。 確かに今、自分に対して笑顔を向けて欲しいと思ったのだが。 こうタイミング良く、しかし不意打ちは卑怯だ。そもそも予想外のコトは、心臓に悪い。 まあ、大概。不意打ちに、突然、自然と浮べるモノであろうとは思うけれど。 ツラツラ考えていると、国信は再び口を開いた。 「でも、雨だって良いことあるだろ?」 楽しそうに雨を眺めていた顔に、声音に。 今までと比べて、少し声のトーンが下がったようだった。 けれど口元は、先程と変わらず笑みを浮かべたまま。 表情から、今国信が何を考えているのか読み取るコトは不可能だった。 いつでも国信は、自分の予想を上回った言葉を告げてくるから。 だから、今回もきっとあまり良くない類のソレが耳に届くのではないかと…。 「汚いモノとか、こんなに汚れて歪んだ俺の心とか。何もかも綺麗に流していってくれそうな感じがする。」 予感的中。 その言葉に、思わず眉間に皺が寄る。 一体何が彼をこんな風にさせるのだろうか? 以前にも、こんなコトがあった。 アレは確か、今から一年程前。 偶然、帰りが一緒になり、共に帰路へと着く途中。 他愛無い会話の中に、一瞬見せた表情と、織り交ぜられていた言葉。 そうして、それが一体なんなのか。 触れてはいけないモノのような気がして、踏み込むコトを躊躇させたけれど。 こういう関係になり、尋ね、知らされた事実。 それは想像以上のコトで、やはり聞くべきコトではなかったと思わずにはいられない程。 俺にとっては衝撃で、心臓を鷲掴みにされた感覚に襲われた。 一人でずっと抱え込んで、苛まれていたコトがショックだった。 そして俺は、国信にこんなことを言わせる雨をやっぱり好きになれないと思う。 否、口にさせるようなコトをしてしまった自分自身に嫌気がさす。 再び俺は、気分が下降するのを感じ、本日七回目となる溜息を吐いた。 「それ以外にもさ。」 自己嫌悪に陥る俺を余所に、続けてられた国信の声は。 先程よりも、声のトーンが幾分明るいモノのように感じられた。 「雨の日には、雨の日だけの楽しみ方。なんてのがあるだろ?」 「?」 ほら、と人差し指を前方へと示し。 訳が解らず、取り合えず国信が指し示している方へと視線を遣る。 その先に映し出されたのは―――。 一本の傘に、お互い寄り添い合いながら、腕を組んで歩いている一組のカップルだった。 「…。」 確かにアレは、雨の日だからこそ出来るコトだ。 以前、俺達はあのカップルのように。 国信の傘に、俺は入れて貰ったコトがあった。 けれどその時は、今のような関係になるなんて思ってもみなかったし。 国信に対して、恋愛感情等というモノは抱いていなかった。 だからあの時と、今とではあのような行為をするのにも、俺の中で想う感情が違う。 何より一本の傘に、寄り添いながら…。というのは。 周囲に、自分達の熱愛っぷりを知らしめる絶好のチャンスに他ならない。 寧ろ回りの人間に対して、国信が俺のモノだというアピールをするコトが出来るコトにではないか。 それに、だ。 傘に隠れて、こっそりと不意打ちにキスするコトだって出来たりする。 嗚呼、雨の日って実は、最高に美味しい特典満載な日だったりするんじゃないのか。 つい先程、好きになれないと思った、事故嫌悪に陥る原因となった雨だったが。 目の前の光景と、頭の中を駆け巡る思考に。 激しく俺の心は揺さぶられた。 なんてお手軽で、単純な思考回路をしているんだ。そんな風に言われようが構わない。 しかし先程も述べた通り、生憎と傘を持っていない現実。 クソー、なんだって傘を持って来なかったんだよ、俺は! この際、今から傘を買いに行くか?! そんな心の葛藤をしている俺に、更に国信の言葉は続いた。 「雨に濡れて冷えたら、お互いの体温を分かち合うコトとかも出来るだろ?」 「…ッ!?」 サラリと告げられた、予想だにしなかった爆弾発言。 それは、つまり、アレですか…? 一つしか、思い当たるコトが俺にはないんですけど。 国信が口にした言葉が、指し示しているであろう意味に。 右隣を勢い良く振り返る。 「このまま、ココに居ても雨は止まないと思うけど。どうする?」 俺の目を見つめ、悪戯っぽい笑みを浮べた。 「そりゃあ勿論、こんな所さっさと離れて、温もりを分かち合うとしましょう?」 挑発的とも取れる言葉に、俺も口元に笑みを浮べた返事をする。 お互いの視線が絡み、くすりと笑い合う。 それを合図に、未だ降り頻る雨の中へと足を踏み出した。 あんな言葉を、口にさせない程の思い出を。 忘れさせるコトまでは、出来ないかもしれないけれど。 コレから先も、ずっと傍に居て山ほど作って、上書きさせてやれば良い。 とりあえず、家に着いたら風呂へ一緒に入ろうと言ってみるのも良いかもしれない。 俺の誘いに、恐らくお前は乗ってくれるだろう? 雨に打たれながら、手始めに、簡単に出来る思い出作りを心の中に描いた。 fin. |
2002.05.18:初出
2006.04.02:改訂再録