『桜の花弁に願う事』 「もしもし、三村?」 「…国信? 何かあったのか?」 「そういうわけじゃないけど、今暇? 暇だったら、コレから会えない?」 「今から…?」 「うん、何か用事があるなら良いんだけど。別に大したコトじゃないし。」 「否々、暇、暇だ。全然用事なんてこれっぽっちも無いからッ!!」 「そう? それなら1時に公園で待ってるから」 「解った。」 「じゃあ、また後でね。」 受話器越しの声は、そう告げると切れた。 「…。」 電話が切れて暫く。 今日は久し振りに部活も休みで、パソコンでもして過ごそうかと思っていたが。 国信から、お誘いの話しがきたとなれば別だ。 予想外の嬉しい出来事に、浮き足立つ気持ちを抑え切れず。 鼻歌混じり、出掛ける準備をする為、自室へと向った。 *** 1時に約束をしたのだが、気付けば20分も前に待ち合わせ場所へと着いていた。 大概、外で待ち合わせ等をする場合。 自慢ではないが、遅刻するかギリギリの場合が多い。 それが国信相手となると、遅刻したコトも無ければ、毎回こうして早く着きすぎる程だった。 その所為で一度、杉村に嫌味らしきモノを言われた覚えがある。 しかし、友人であるコトに違いは無いが。 好きな相手でもない人間を待つのは、苦痛というか。正直、待たされるのは嫌だ。 だから時間ピッタリかギリギリ、もしくは遅刻してしまうのだ。 そんなわけで、直す気も無いのが本音だったりする。 こんなコトを言ったら、杉村辺りにまた盛大な嫌味を言われるのがオチだろうから口にはしないが。 まあ、言われた所で聞き流すから、どうでも良いけど。 それに大体、他の連中も今ではそんな俺を見越して待ち合わせに来ている。杉村と飯島の二人を除いては。 というわけで、別段問題無い。 これまた、杉村が聞いたら呆れそうな理屈を並べ、自己完結させる。 他愛も無いコトを考えながら、空いてるベンチへと腰を下ろす。 再び時間を確認すると、まだ待ち合わせの15分前。 待たされるのは嫌だが、相手が国信となると話しは別だった。 こうして待つ時間も、何処かどきどき・わくわくするような。楽しいとさえ感じる。 相手が違うだけでこの変わり様は、我ながら凄まじいなぁーと思う。 そうして視線を空に向けると、風に飛ばされてきた薄紅色の花弁を見付ける。 「早かったね。」 そう言えば、もう桜の花が咲く季節だったなーと思った瞬間。 タイミング良く、背後から声を掛けらる。 首を巡らした視線の先には、待ち人である国信の姿があった。 相変わらず、気配を消して人の背後に回るのが得意だな。 などと思いながら、口の端をニッと上げ、返事をする。 「そりゃあ、お前から誘われたとあったら早くもなるだろ?」 「何それ。でもさ、他の皆と会う時も少しは見習ったら? きっと喜ぶよ。」 「あー? 良いんだよ、あいつ等は。」 「どうして?」 「待たすのは良いけど、待たされるのは嫌だから。」 「あはははは、勝手者ー、自己中ーッ!」 「真のヒーローは、遅れて登場するのがセオリーだろ?」 「意味が解らないから! って、それはいいとして。じゃあ、行こう。」 「…ココじゃないのか?」 「ちょっと違う。まあ、いいから、いいから。」 何処へ行くのかも告げずに、歩き始めて行ってしまう。 そんな国信を足早に追い掛け、隣に並び促されるまま歩みを進めた。 *** 「おおっ、凄いな!」 それから暫く。辿り着いた場所は、先ほどの公園を少し奥へと進んだ所。 そうして、周囲を見渡す限り桜の木。 このような場所があるなど、今まで全く知らなかったし、気付かなかった。 先程の公園から、脇へと少し道を逸れた先にある場所。 そういう所は案外、気が付くようで気付かない。見落としがちなものなのかもしれない。 「綺麗だねー…。ココには来る人も少ないし、ちょっとした穴場なんだよ。」 「お前が見つけたのか?」 「んー…、何年か前に、偶然秋也と一緒に見つけたんだ。いつかお花見しようって話して、それっきりになってるんだけど。 多分忘れてるんだろうね、秋也らしいけど。まあ別に、俺が言えば良い話しかもしれないけどさ。」 そう言って、桜の花を見ながら笑う。 「つい最近この道を通ってさ、今日辺りが満開だろうなーと思って。」 だから誘ってみたんだ。 そう付け加え、俺の方へと向き直り、国信は微笑んだ。 「…。」 くらり。瞬間、目眩がした。 つまりそれは、今日辺り満開になっているであろう桜を、俺と一緒に見たかった。 そう解釈をしても良いってコトだよな!? ふいに齎された言葉に、感動で身体が震えた。 「夜になって、月明かりの下で見ても綺麗だろうね。」 ザーッと風が吹き、桜の木々を揺らし。ふわりと花弁が空に舞う。 舞い散る桜の花弁を眺めながら、国信がポツリと呟きを洩らした。 突如降って湧いた感動に、自分の世界へと浸っていたが。 その言葉に我に返り、意識を桜へと向ける。 すると丁度、舞い落ちる桜の花弁と、国信の髪の毛が風に揺れているのが視界に飛び込んできた。 まるでそれは、一枚の絵のように美しく。思わず、鼓動が跳ねる。 しかし。 「桜の木の下って、よく人が埋まってるとか言われてるよね。 その養分を吸って綺麗な花を咲かせて、その血を吸い上げ花弁は紅く染まる…とかさ。」 「オイ!」 続けられた言葉に、今までの雰囲気が一変崩れ去る。 確かに、そういった話しも実在する。 しかし、だからと言って、今この雰囲気の中で口にするのは場違いではないかと思われる。 物騒なコトを、サラリと言った本人へと視線を向ければ。然して気にした風もなく笑っていた。 その様は、国信らしいと言えばそれまでなのだが。 何と言うか、俺としてはもっとこう。風情があるというか、色っぽいというか。 そういう話しの方が嬉しいなー、なんて、思ったりするわけなのですよ。 俺のこの気持ち、解って頂けますか、国信さん? 頭の中でそんなコトを考える俺を余所に、更に言葉は続けられる。 「他にもさ、風に舞う桜の花弁を地面につく前に3枚だっけ? 掌に掴むと願い事が叶う、とか。 桜の花弁が舞ってる中でキスを交わすと倖せになれる、とか言われてたよね?」 「!」 そうだ、そういう話しを俺としては望んでいたわけですよ。 その言葉に、少しの期待を込め、問い返す。 「信じてるのか?」 「否、全然。」 ズバッと、きっぱり、さっぱりキレイに即座に一刀両断さられた。 そうだよな、何を落ち込むことがある。解っていたコトじゃないか。 こう返されるコトなんて、予想通り範疇だったさ! けれど、それでもほんの少し、砂粒くらいは期待なんかしてしまった自分がいるのも確かだったりする。 「試してみる?」 がっくり項垂れていた矢先、俺の心を読んだかのような言葉が投げ掛けられる。 「え?」 突然のコトに、思わず間抜けな声が出てしまう。 「だから、試してみる?」 言って国信は、俺の方へと振り返る。 その口元は、悪戯っぽい笑みが浮んでいた。 「マジで?」 「マジで。」 言葉に、瞳に、笑みに。 俺は、一歩踏み出し距離を縮めると。左手を伸ばし、自分の方へと国信の身体を引き寄せる。 そうしてもう一方の、反対の手は頬に宛がい、親指で顎を上向かせ顔を近付けた。 一瞬触れ合い、唇に温もりを感じる。 そしてそれは、スグに離れる―――筈だった。 が。 柔らかな唇の感触に、離れてしまう名残惜しさを感じる俺の襟元辺りを、両手で国信が掴み。 離そうとした俺を、離すまいとするように、国信の舌が俺の下唇をなぞった。 予想外の出来事に驚き、うっすら開いた俺の唇に。歯列を割り、国信の舌が侵入してくる。 突然のコトに、呆気に取られたが。 直ぐさま腰元へと手を移し、国信の身体を抱き寄た。 舌を絡ませ、応える。 先程よりも深く、そして長く唇を重ね合わせた。 *** 暫く離した唇の先に、何処から、いつの間に紛れたのか。 一枚の桜の花弁があった。 「願い事、叶うかもしれないよ?」 花弁を目にすると、俺の目を見つめ国信はそう言った。 『願い事。』 特に、急には思いつかなかった。 否、でも。 もしも願いが叶うのであるならば、一つある。 「それなら―――。」 『来年も、その先もずっと。こうして、一緒に同じ景色が見れますように。』 国信の耳元に口を近づけ、そう囁いた。 瞬間、国信が目を瞠ったのが解った。 しかし、それも一瞬のコトで。 「何、言ってるんだか…。」 呆れたような、素っ気無い言葉を返される。 けれど。 「…叶ったら、いいね。」 耳を澄まさねば聞き取れない程、小さく呟かれた言葉。 次いで、ふわりと微笑みを浮かべた姿を目にし。 来年もまた、こうして桜の花を共に見れるコトを願いながら。 腕の中の温もりを、抱き締め直した。 fin. |
2006.03.05:改訂再録