今まで知らなかった事実を、最近新たに発見した。










***










二日前に席替えをした。
場所は窓際の、前から三番目。
なかなか良い位置なのかもしれない。
時期的には、暖かな日差しが心地よく、眠りを誘う。
この場所に限らず、授業中うつらうつらと船を漕いでいるクラスメイトの姿を目にする。
『春眠 暁を覚えず』 とは、よく言ったモノだ。
まあ、その話は、今は措いておく。そんなコトは、実際どうでも良い。
俺にとって問題なのは、それではない。
俺の後ろの席にいるのが、三村だというコトが重要な問題だった。
問題、といっても、三村が授業中に何かを仕出かすとか、そういったコトではない。
寧ろ何かされた、という表現も少しオカシイが。されたコトはない。
ならば何が問題なのか。
問われれば、後ろに三村がいるコトが問題。としか言いようがない。
そう、唯、後ろにいる。それだけのコトが、だ。










***










他の人間が後ろにいたとしても、別段問題ではない。
重要なのは、誰がいるか。だ。
とはいえ、以前からこうだったわけではないし。
以前ならば、気にもならなかったコトである。
傍目からすれば、取るに足らないコトだろうし。実際、俺自身もそう思う。
思っているのに、気になるのもまた事実なのだからどうしようもない。
何か、こうなるきっかけはなかっただろうか。
そう考えて、思い当たる節は一つ。
三村と付き合うようになった以降からだ。
そうだ、三村と普通の友人として接していた時には感じたコトはなかったのだから。
コレは絶対に確実で、確信を持って断言出来る。それしかない。

しかしながら、きっかけが判明したとしても。
何故、このようなコトになったのかまでは解らない。
三村が後ろにいる、唯それだけのコトなのに。
どうして俺は、ここまで気になるのだろうか…。
姿が見えない、というのが原因なのかもしれない。
そう考えてみるが、しかし、真後ろ以外の、例えば斜め後ろ。等であるなら、特に気にならない。
よって、この答えは違う。
本当に、後ろの席ではなく、せめて斜め後ろの席ならば良かったのに。
こんなコトを言った所で、仕方がないけれど。
兎に角、早く席替えをしてくれないモノかと無駄なコトを考えてしまう。
大体、次に席替えをするのは、一ヶ月も先の話しであろうに。
訳の解らない思考と現状に、溜息が零れた。





席を移動して、俺の後ろが三村だと解った瞬間(とき)から、この感覚は始まった。
そういえば、あの時。
何だか三村の方も変な表情(かお)をしていた。ような気がする。
もしかすると知らぬ間に、表情(かお)に出ていたのかもしれない。
それを目にし、不審に感じたのかもしれない。
どうにも三村は、こういう所が目敏くていけない。
否、三村がではなく、俺の方こそ気が緩んでいるのかもしれない。
もっと気を付けなければ、こういうコトに関して三村は後ろ向きに捉える所がある。
しかも、それを口にしない。
勝手な解釈で、結論を出し、傷付くのは勘弁して欲しいと思う。
そうなる程、自分が想われているのだと喜ぶべきなのか。
何故もっと素直に、心に押し隠さず言葉にしてくれないのかと嘆くべきなのか。
微妙な所だ。
まあ、そうなれる程お互いに余裕がないのだろう、心に。
心、というよりも思考。根底にあるモノがそうさせているような気がする。
とりあえず、今はその辺のコトを考えるのは止めよう。
考えるべきは、あくまで三村が後ろにいるコトについてである。
論点がずれては、無限ループから尚更出るコトは出来ない。
軌道修正と、思考を一掃する為、大きく息を吐いた。










***










三村と付き合うようになってから、解らないコトが増えた気がする。
それが良いコトか、悪いコトなのか俺には判断出来ないけれど。
でも、自分自身のコトなのに解らないというのは、何となく不快な感じがする。
不快…。
しかしながら、付き合い当初。
お互いに言いたいコトがあるのに、言えずに鬱々と過ごしていた時がある。
まあ、一週間程の話しだが。
その後、言いたいコトを言い合いスッキリした。
あの時に感じていたモノとは、また少し違う感情なのだ。
コレばかりは、三村に言った所で治るというわけでもない。と思う。
言った所で無駄なコトであるし。
大体、籤で決めた座席について、今更俺が三村に何かを言った所でどうしようもないのだ。
言われた方も困るだろう。

そもそも、後ろを振り返る。という行為が、あまり好きではない所為かもしれない。
身体を使って、言葉通りの行為もそうだし。
過去や、過ぎ去っていったモノ達を振り返るコトもだ。
特に後者は、そんなコトをしても仕方ないし、無意味だと思っている。
実際、俺は今までそうして生きてきたし。コレから先も、恐らくそうだろう。



自分自身よりも前に居る、というのは優先順位が高いような気がする。
昔、俺の存在に興味が無く。コチラを振り返ってくれるコトの無かった母親(ひと)。
そのまま躊躇いなく、俺を捨てたひと。
今更それを、どうこう思うコトはないけれど。
黙って俺はその背を見つめるだけだった。
当時の印象が鮮烈だったからなのかもしれない。
決定権は自分ではなく、相手にこそあるのだと。
自分はその、相手の判断に従う以外ないのだと。
そういったコトを、後ろ姿は俺に言い聞かせているような気がする。

いつか三村が、俺を必要としなくなり、立ち去る時が来るかもしれない。
別に、それは、構わない。
振り返らず、前だけを見据えて進む後ろ姿。
そうして俺は、自分の存在意義を、価値を刻みこむ。
決して、忘れぬよう。
俺は後姿に、そんな感情と、あの人の面影を見ているのかもしれない。
自分で言うのもなんだが、それが事実であるならば。
なんて滑稽なのだろう。
そんな自分自身に、嘲笑してしまう。

ふと、少しだけ顔を後ろに向けると、三村と目が合った。
当然といえば、当然のコトなのだが。
その表情(かお)は、何だか虚を突かれたような、驚いているみたいだった。
まあ、授業中である今、何の脈略もなくすれば普通の反応かもしれない。
けれど、思わず先程とは違う笑みが浮かんだ。
それは一瞬で、スグに前へと向き直る。
こんなコトを、俺が思っていると三村が知ったら。
怒るかもしれない。呆れるかもしれない。
否、哀しそうな、傷ついた表情(かお)をするのが一番有り得るような気がする。
だから俺が、こんな風なコトを考えているなんて、言わない。知らなくて良い。










***










後ろに三村に居られるのは、落ち着かない。
不安、なのかもしれない。
自分が他の誰かより、優位な場所にいられるわけがないと。
そう思っているから。
俺の心を揺さぶった相手なら、尚更のコト。

三村には、自分の前にいて欲しいと思う。
例え、俺の方を振り返るコトがなかったとしても構わない。
己の手を引いて、導いて欲しいとか、そういうわけではない。
いつか消え行く、温もりであるのならば。
唯、前にいてさえしてくれれば、それで良いんだ。
でも、もし。もしも―――。



後ろ姿に過去の面影を見出し、安堵と戒めを感じずに済む日が来るならば。
その日まで、傍に在るコトが出来るのなら。
前ではなくて、隣を歩きたい。歩いて欲しい。
そう、柄にもなく。願った。
















『彼には秘密』















fin.






三村は逆に、慶時さんが前にいるのが苦手。
変な所で、気が合う二人。


2008.02.29