虚ろな俺の世界に、彩りをもたらせてくれた君。 君に対する俺の想いは深い。恐らく君が思っているよりも、ずっと。 あの日の言葉を忘れない。君が覚えていなくとも。 君に対する俺の想いは変わらない。 過去(むかし)も、現在(いま)も。コレから未来(さき)も。 君が、存在する限り。俺を、必要としてくれる限り―――――。 外で遊ぶコトよりも、室内で過ごす方が昔から多かった。 皆と一緒に居るのが嫌なわけではないけれど。 騒ぐ、という行為が苦手だったのかもしれない。ずっと独りだったから。 その日も一人、室内で本を見ていた。 「…?」 何だか外が騒がしい。 立ち上がり、窓辺へ向い、外を見ると。 数人が円を描くのようにして、言い争い。喧嘩をしているみたいだった。 これだけの子供がいれば、喧嘩なども日常茶飯事で。 ああ、またか。 そう思い、元の場所へと戻り掛けた瞬間。 俺は外へと、走り出していた。 視界の端には、秋也の姿が映った。 「返せよッ!!」 「はッ、こんなもの持って、生意気なんだよ!」 「取り返せるなら、取り返してみろよ。」 始めからその場に居たわけでは無かったが、耳に届いた言葉から。 取り合い、と言うよりは、秋也から何かを取り上げた。というのが正しいのだろう。 いつも大人しい、寧ろ殆ど喋らず暗いと形容されてしまいそうな秋也。 その彼が、あんなに必死に、声を上げて相手に掴み掛かろうとしている。 余程大切なモノなのだろう。 ソレを、あんな風にからかいながら、笑っている様は。 あまり良くも、関心出来る行為では無かった。 兎に角、止めなければ。 その一心で、間に入った。 「ちょっと、止め……ッ!」 しかし俺が発した言葉は、最後まで続かなかった。 仲裁に入った位置が悪かったのか、掴みかかろうと振り上げられた手が、俺の顔面に直撃した。 瞬間、今まで喧嘩していた双方共に、ぴたりと止まった。 否、止まった。というよりは、凍り付いた様に動かなくなったと形容した方が相応かもしれない。 「?」 俺一人だけ、理由(わけ)が解らず。 一体どうしたのだろうと、俺の顔を殴る形となってしまった相手、秋也の方を振り返れば。 次第に泣き出しそうな表情(かお)へと歪められた。 「…え、どうし………!」 手を伸ばし、問い掛ける。 すると、びくっと身体を強張らせ、くるりと背を向け室内の方へと駆けて行った。 「あッ、ちょっと待……ッ?!」 追いかけようとした俺の背後を、ぐいっと服を掴み引き止められた。 何事かと振り返れば、誰かが呼びに行ったのか、良子先生の姿もあった。 「どうしたの慶時君、血が出てるじゃない!」 「え?」 良子先生の言葉に、下を向くと、地面に血が零れ落ちた。 手や足、そういった所に外傷はなく。 それでは、一体何処から? 手を顔の方へと伸ばすと、丁度鼻の下辺りに何か感触がした。 どうやら出血元は鼻らしい。 打ち所が悪かった所為か、鼻血が出ていた。 * (血なんか見たら、走って逃げたくもなるよね…。) ようやく鼻血が止まり、数分前の光景を思い出す。 それはそうだろう。 悪気が無かったとしても、自分の所為で相手が血など流すようなコトになれば。 俺自身は、全く気付かなかった。 痛みに関して、鈍い方だと思ってはいたけれど。 その所為で、まさかこのような事態になるとは、夢にも思わなかった。 (何だか、逆に悪いコトをしちゃった気がする。) 自分の所為で秋也が、気に病む様なコトになっていなければ良いけれど。 思わず、溜息が零れた。 そうして俯いた瞬間、視線の端に目が止まる。 今、俺の右手には、腕時計がある。 あの後、良子先生に事の顛末を聞かれ。 原因となった彼等は、良子先生に怒られ、秋也にきちんと謝罪するよう言われた。 渋々と言った風だったが、俺の流血沙汰もあり、いい訳や文句等も特に言うコトは無かった。 そんな彼等の背中を見送る。 『秋也君の持ち物らしいんだけど、慶時君から返してあげて?』 良子先生に言われ、受け取ったモノ。 どうして俺からなんだろう、そう思ったけれど素直に受け取った。 そしてコレは同時に、喧嘩の原因となったモノらしい。 渡された腕時計は、大人物で。 察するに、秋也の父親の持ち物だったのだろうか? だとするとコレは―――。 『形見。』 それならば、あの秋也の様子にも納得がいく。 兎も角、大切なモノであろうコトは間違い無い。 俺がいつまでも持っているわけにもいかないし、一刻も早く本人に返さなくては。 何処に行ったのかと、園内を探す。 秋也は、割り当てられた部屋の角に、小さく膝を抱え項垂れていた。 声を掛けると、その身体がびくりと揺れた。 「はい、コレ―――」 秋也の目の前に、腕時計を差し出す。 項垂れていた頭が、若干上がり。 ソレを見た瞬間。 「!」 自分の方へ、奪うように掴んでいった。大事そうに、両手でぎゅっと握り締める。 やはり、思った通りのモノだったのか。 何にせよ、秋也にとって大切なモノにであるコトは確かなようだ。 そうして再び、じっと動かなくなった秋也を見つめ。 どうしたモノかと、暫し黙り込む。 「えーっと…、ごめん、ね…?」 思案した結果、俺の口から出たのは謝罪の言葉だった。 口にしてから、オカシナコトを言ったような気がした。 相手もどうやら、それは同じらしく。伏せた顔はそのままに、視線だけを向けてきた。 言ってしまった以上、取り消すコトも出来ず。とりあえず、何か言葉を続けなければ。 「あの、ほら鼻血なんか出してさ!俺自身は、気付かなかったんだけど。…あんなの見たら、逃げたくもなるよね。」 「…。」 「別に、なんともないから、気にしない で ね …?」 「……。」 俺の言葉に返事はなく、沈黙だけが続いた。 そうして次第に、自分でも何を言っているのか。何を言いたいのか、解らなくなってきた。 コレ以上オカシナコト言うのは、問題だろうし。 「そ、それだけだから。…あっと…、もうスグ夕飯が出来る時間だから。」 付け加える様、早口に言い、踵を返し、小さく溜息を吐く。 (本当に、支離滅裂だ…。) 何だか軽い、自己嫌悪に襲われる。 そうして背を向け、部屋を出る為、足を一歩踏み出そうとした時。 「……め………ん…。」 か細く、今にも消え入りそうな声が耳に届いた。 何だろうと、振り返れば。俺の服の裾を掴み、小刻みに震えた秋也の姿。 「…め、ん……。…ごめ…ん……ごめん…な、さい……。」 そう言って、止めど無く涙を流す。 「え…。」 けれど俺は。 俺には、どうして良いのか解らなかった。 そんな風にされたのは、初めてだったから。 何か言葉を発そうとして、結局何を口にしたら良いのか解らず。 本当に、何をどうするコトも出来ず。 只、呆然とその様を見つめるコトしか出来なかった。 そんな俺に構わず、秋也は俯いていた顔を上げる。 相変わらず、目からは涙が溢れ。頼りなく、縋り付く様な瞳が交錯した。 「…ひとり、は…ヤダ…。……ひとりに、…しない、で……ッ!」 「!」 瞬間、抱き付かれた。 その衝撃で、よろめき、その場に座り込む形になる。 大事そうに握り締められていた腕時計が、秋也の手から滑り落ちた。 変わりにその手は、俺の服をキツク掴んだ。 嗚咽を上げ、ぽろぽろと大粒の涙を零し、震える身体。 躊躇いがちに、その背に手を回せば。 それが合図のように、一層強く抱き付かれる。 俺には、泣き止むまで抱きしめ返すコトしか出来なかった。 震える背を摩りながら、ふと。 もしも。あの家で自分が秋也と同じ、今の様な行動を取っていたのなら。 何かが変わっていたのだろうか。 過ぎ去りし、戻るコトのない日々を、ぼんやり思い返した。 * 秋也が俺に、泣き縋って来たあの日。 『ひとりにしないで。』 そう告げてきた時、その言葉を聞いた瞬間。 俺の中で、何かが弾けた。 生まれて始めて、生きる目的のような。糧を見出せた気がした。 虚ろな世界が、光で彩られた。 この日を境に、秋也は変わった。 否、変わったのでは無く、元の自分自身を取り戻したと称した方が正しいかもしれない。 あれから何年経っただろう? 秋也自身は、覚えていないかもしれない。 否、実際覚えていなかった。 先日、 『俺達が仲良くなった、きっかけって何だったっけ?』 そう俺に尋ねてきた。 質問には答えず、俺は笑みだけを返した。 きっかけなんて、理由なんか覚えてなくとも構わない。 あの後、泣き止んだ秋也が見せてくれた笑顔。 泣き腫らした瞼が重く、目元も真っ赤に染まっていたけれど。 「慶時!」 あの時と、変わらぬ笑みを浮かべ、俺の隣で秋也が笑う。 満面の笑みを向けて、俺の名前を呼ぶ。 そんな秋也に、俺も微笑み返す。 生きる糧を与えてくれた君。 無意識の内に、たくさんのモノをくれた君。 誰よりも大切で、誰よりも倖せでいて欲しいと思う相手。 そんな秋也の笑みが、コレから先もずっと絶えるコトが無いように。 大切な彼の存在が、倖せであるように。 それだけを願い、叶うように。 いつまでも、ずっと―――。 ただひたすらに、君ヲ想フ fin. |
逆の設定(慶時さんのが心閉ざし側)というのも、考えはしたわけですが(寧ろ最初は、そっちで書き出した)
書いてる内に、こっちの方が、しっくりくるなあ? というわけで逆になりました。
自分で書いておいてなんですが。それ以前に、こんな幼児が実際に居たらいろんな意味で嫌だなと思いますけどね(元も子もない)
2005.04.24