嘘を吐くことは罪になるのだろうか。
自分を偽ることは咎められることなのだろうか。





例えばそれが、自分自身を護る為に必要な手段だったとしても。










『罪と罰』










昔の自分は、あまり笑うコトのない、可愛げのない子供らしからぬ子供だった。
今のような生き方をするようになったのは、いつの頃からか。
あまりよくは覚えていないけれど、周囲の大人達が心配し、必要以上に構ってくるからだったような気がする。
子供というのは、ただ無邪気にはしゃぎ回り、喜怒哀楽といった感情を身体全体を使って思いきり表現する。
そんな認識が、少なからず概念としてあるらしい。
このコトに気付いた時、自分は笑顔という名の仮面を被った。
けれど、必ずしも表と裏が一緒かと言われたならば、それは違う。
笑顔の下で、俺は本当に心の底から笑ったコトなどありはしなかった。





『常に笑顔でいる』という行為は
他人を、自分の必要最低限以上の領域に踏み込ませない術にすぎなかった。
円滑に当り障りがないよう、必要以上に構われない為、自ら身に付けた手段。
そうして意識せずとも出来るようになった、張り付いた偽りの笑顔。





これが俺にとって最大の










***





恋とか愛なんて、自分には関係無い、縁の無いモノだと思っていた。
自分自身のコトが好きになれないような人間が、誰か他人に好意を抱くコトなど出来はしない。
それだけが一概に理由とは言い切れないけれど。
この歳になっても、未だ嘗てそういった感情を抱くような相手は誰もいなかった。
けれど、誰が誰を好きだとかいった話しは日常よく耳にする。
今の年齢位が一番興味・関心を持つ頃からな所為なのか。
でも俺は、いつも何処か遠い所でぼんやりと聞き流していた。
誰が誰と何をしようと俺には関係無かったし、どうでも良いコトだったから。



そんな時、耳にしたのが『三村信史』という人間。
彼は既に1年の頃から有名で、学校内で知らない人間はいないのではないか。という位凄いモノだった。
でも、俺は知らなかった。
同じクラスではないし、噂話し等にも興味や関心がなかったから。
だから偶々、クラスメイト達が話しているのを耳にし、始めて知ったのだ。
内容は幅広く様々で、その中には彼を快く思っていない人間の誹謗、中傷めいたモノもあった。
しかしそういったモノは、大概自分が持っていないモノに対する嫉妬や羨望。
こういった思いから派生しているコトが多い。
陰口など言ってる暇があるのなら、努力するとか何かしら行動すれば良いものを。
思いはしたけれど、別段どうでも良かったので特に口にするコトはしなかった。
三村の噂話を耳にはしたけれど、只それだけのコトだった。
この時は正直、関心も興味も沸かなかった。
そんな三村に興味を抱くようになったのは、始めて言葉を交したあの日。
もうスグ2年になる春休みのコトだった。





***





その人は名を『サカキ』と言った。
一回り近く歳の離れたその人は
『恋人』と言うような甘いモノでは無いし
俗に『身体だけの付き合い』と呼ぶにはもう少し深いモノで。
なんとも微妙で曖昧な関係の人だった。





あの日。
始めて三村と言葉を交した日も、あの人に会った帰りの出来事だった。





まさかこんな時期に、海になんか来る物好きも居ないだろうと思っていた。
けれど三村はそこに居た。
予想外のコトに、驚きはしたけれど、ばっちりと目も合い無視するのも如何な物か。
なんの感情も抱かなかった人間だったけれど、自分と同じようにこの場所へ来るような人間。
そう思い、軽い気持ちで話し掛けたのがきっかけだ。

話しをした感じは、学校で噂されているような人物には思えなかった。
別段全てを鵜呑みにしていたわけではないけれど、何処にでも居る年相応の人間のような感じがした。
けれどふっと、彼が特定の相手と長続きしない、付き合っている人間が居ても他の相手とも付き合うようなコトをしている。
そんな噂話しが頭を過り、この時始めて『三村信史』という人間に興味が沸いた。
自分と彼が取っている行動は、正反対だけれど。
同じモノを感じた。
なんとも不毛なコトをしている。
だから三村も、コチラ側の人間なのだと。
彼にとって、誰かと付き合うのも、抱き合ったりするのも。
只、それだけのコト。
通りすがりの人間、遠ざかる風景。
意味を為さず、気にも留めるコトなく、夢・幻のようにいつしか過ぎ去っているモノ。





***





友人という間柄になり、三村も何処か屈折した人間だと感じた。
けれどスグに、自分とは違うと認識を改めた。
そう、彼はただ純粋なだけ。
それ故の屈折。
きっかけは、ほんの些細なコトだったのだろう。
父親と母親がいて、妹がいて。
きちんと愛情を持って育てられた、一見幸せそうなごく普通の家庭。
留守がちな両親、それらに対して次第に募っていった不信感。
そうして以前、ちらりと話しを聞いただけだけれど。
尊敬していた叔父が亡くなったコト。
少しずつ、小さなモノが集まって、次第にそれが大きな歪みへと変わる。
こんなに優しい彼を。
人を思いやるコトができて、純粋で繊細にできている人間。
こんな人間を、少なからず変えてしまったモノが、憎らしく思えた。
けれどそれと同時に。
そんな彼を偽り続けるなんて。
どんなに大きな罪なのだろうか。
俺がこんな風になったのは、自の意思だった。
少なくとも、こうするコトでしか、自分は生きてこれなかった。
けれど、彼は違う。
自らが決して望んだモノではなかっただろう。
自分とは全く違う。似ても似付かない。
そんな人間に、好意を抱かれるなんて思いもしなかった。
嘘で塗り固められた、偽りだらけの自分。
真実(ほんとう)の俺は、笑顔も、言葉も、優しさも。
何もかも、全てが偽りだらけなのに。
自分なんかと居ても、得られるモノなど有りはしない。
一緒に居ても、傷付けるだけだと解っているのに、俺は三村を受け入れてしまった。
今ならまだ間に合う、そんな声が頭に鳴り響く。
なのに、その手を、存在を離せない自分が居るのもまた事実。





友人以上の関係になった今も尚、三村に対して抱いている俺の





真実と隠し事










嘘を隠す為に、更に嘘を吐く。
そうやって、真実が益々遠ざかる。
悪循環なコトなど解りきっているのに、断ち切るコトができない現実。
そうして罪悪感に傷み、苛まれる心。





けど



コレが



コレが



罪を犯した罰なのだろうか?



コレが



その報いなのだろうか?





嘘も、隠し事も全てを曝け出したのならば。
この苦しみから、解放されるのだろうか?





それとも





更なる罪に問われ、咎められるのだろうか―――。





















fin.