「何も言わずに、コレを着てくれッ!」

言葉と共に、差し出された三村の手にはセーラー服が握られていた。
目にした瞬間、閉めたばかりの扉を振り返った。










『禁じられた遊び』










事の発端は、前日の出来事。
いつも皆で昼食を取るのに、この日に限り少し違った。

『大事な話しがある。』

有無を言わさず俺は、三村に教室から一人、連れ出された先は屋上だった。
話しがあると言っていた割りに、中々口を開かない三村に。
一体何なのだと、不審に思いはしたが、その内話すだろうと結論付け。
何もせずに居るのも時間の無駄と、持ってきた弁当に俺は手を伸ばした。
そんな俺に、隣に座る三村は相変わらず無言で。俺も只、弁当を食べるコトだけに専念する。
暫くそんな状態が続き、弁当の中身が残り半分くらいになった頃、ようやく三村が切り出してきた。

「…明日、何の日か覚えてるか?」
「明日?」

箸を動かす手を止め、鸚鵡返しに訪ねれば、ああと頷く三村。
その顔は真剣そのもので、一体何の日だろうと、記憶を手繰りよせる。
何処かへ出掛ける約束もしていないし、俺が知り得る限り誰かの誕生日とか、そういった日でもない。
創立記念日でも祝日でもないし。他に何かあっただろうか…?
記憶を辿ってみても、三村が言うような出来事は思い出せない。

「ゴメン、何も思い出せないんだけど。何かあったっけ?」

結局、全く検討も付かず、俺は正直にそう答えた。
すると三村の表情は、信じられないとでも言いた気な物へと変わる。

「ホントに覚えてないのかッ?!」
「う、うん。ゴメン。全然身に覚えがないんだけど、そんなに重要な何かがあったっけ?」

身を乗り出し、叫び声にも似たその剣幕に。後退りながらも、俺は何とか返す。
それ程までに重要な日であるならば、恐らく忘れる筈はないのだろう。
しかし残念ながら、俺には本当に思い当たる節は全く無かった。

「明日は、記念日だろ!?」

頭の隅で云々考えていると、三村はそう続けた。
…記念日? 一体何の記念日だろうか。
言われて真っ先に浮かぶのは、建国記念日やら憲法記念日等、そんな類のモノだった。
けれど、時期的に当て嵌まらないそれらに。益々途方に暮れた。

「だから、明日は俺達の『初めて記念日』だろ?!」

次第に、申し訳無い気持ちになっていた俺に。
三村が爆弾を投下した。
大声できっぱり、はっきりと言い放った三村の姿に、俺は呆然となった。
初めて記念日…? 何だそれは??

「………ッ?!」

言われて直には、その言葉の意味が解らなかったが、段々と脳が指し示している出来事を理解していく。
次第に呆れや羞恥、怒りや色々な物が織り交ぜられた感情が、俺の中で沸き起こる。

「何だそのオカシナ記念日は!! てかそんなモノ一々覚えてるなよッ!」
「何言ってんだ、お前との愛のメモリアル、歴史なんだぞ!!
 どんな些細なコトでも、逐一洩らさず忘れず覚えてるに決まってるだろ?!」
「そんなコトを威張って、しかも大声で言うなよ。恥かしいだろッ!!! …ってそうじゃないだろ、しっかりしろ俺!!
 ええい、何もかも洗い浚い全部忘れ去ってしまえッ!!!」

頭が沸いているとしか思えない、到底俺にはこれっぽっちも理解出来ない発言の数々に。
いい加減耐えきれず、俺は力任せに三村の頭を殴り飛ばした。
あんな真剣な顔をして、思い出せないコトに対して申し訳無い気分にまでなった自分が、馬鹿みたいだ。
そんな、そんな下らないコトの為に俺はッ…!

「痛ーッ、いきなり何するんだよ!!」
「そんな下らないコトにばっかり頭使ってないで、漢字の一つや二つでも覚えろよッ!!」
「下らなく無いだろ、俺とお前の―――」
「だあーッ、もうそれはいいからッ!!」

尚も言い募ろうとする三村、コレでは一向に話しが進まない。そもそも俺達の会話自体が、既に噛み合っていない。
幸いな周囲には俺達以外誰も居なかった。その為、他人(ひと)に聞かれる。という最悪な事態は避けられた。
けれど、幾らなんでも何度も連呼されては、堪ったモノではない。

「はあ…、真剣な顔してるから何事かと思えば。そんな下らない戯言に付き合ってられないから、俺は教室に戻る。」
「って、何勝手に戻ろうとしてんだよ。まだ何も言ってないだろ?」
「聞きたくない。聞かなくても大体解る、どうせ碌なコトじゃないに決まってる!」
「そんなの聞いてみなきゃ解らないだろ? まあ、そういう訳だから、明日お祝いしよう!!」
「…一人で勝手にやって下さい。」
「何言ってんだよ、一人でやっても仕方ないだろ『俺達の』って言ってるんだから。」

更に何事か続ける三村を無視し、俺は逃げる様にして屋上から立ち去った。
あんなコトを言ってる時点で、オカシイ。前々から少しオカシナ所があると思っていたが、まさかあそこまでとは…。
よくは解らないが、お祝いというモノ自体が怪しい。というか、そんなお祝いをしよう等と考える時点で普通ではない。
そして、今までの経験から考えてみると、お祝いと称して何をされるか解ったものではない。考えただけで、身震いした。
と言うか、どうしてそう思ってるのに俺は三村とお付き合い等しているのだろうか…?
自分自身、それが一番謎だった。










***










以上の様な、一方的で不毛な遣り取りが昨日あった。
俺は三村の言葉全てを無かったコトにし、無視する気でいた。
その為この日、俺は部屋で読書でもしながらのんびりと過ごしていた。
のだが…。当然と言うべきなのか、悲しい哉、束の間の安息にしか過ぎなかった。

「アレ、慶時まだ居たのか?」
「…まだ居たのかって、俺は出掛ける予定無いんだけど秋也?」

部屋に入ってくるなり、そんなコトを言われ、思わず眉間に皺が寄る。
キレイサッパリ忘れていた、様々な出来事が。秋也の言葉により、瞬時に俺の頭を駆け巡って行った。

「え、でも三村の家に行くんだろ? さっき電話が掛かってきたし。」
「は?」
「だから、今日は三村の家に行くんだろ? 慶時が来るの楽しみに待ってるって、さっき電話でも言ってたし。」

そうして俺に、笑顔を向ける秋也。一体いつの間にそんな物をしてきたんだ、三村は?

「…あのさ秋也。電話って、何?」
「ん? ああ、さっき掛かってきたんだけどさ。『今日、国信が家に来るんだ』とか色々言ってたんだけど。
 …アレ、そう言えば結局何の電話だったんだろう?」

言って秋也は、不思議そうに首を傾げる。
今更そんなコトに気付くなんて…。相変わらず秋也は、鈍いと言うか素直と言うか。…単に天然なだけかもしれないけど。
兎も角、ソレはつまり俺に『来い』と電話で催促してきたわけではなく。
秋也に俺が『三村の家に行くコト』を知らせる為に掛けてきた物なのか?
そうするコトにより、秋也が俺に告げ、俺が三村の家に行かざるを得ない状況にさせる。
…やられた。どうりで物分りが良かった訳だ。
散々、屋上であれこれと言ってた割りに、昼休み以降しつこく言われるコトは無かった。
だから俺は、三村が諦めたのだとばかり思っていた。甘かった。砂糖にガムシロ、蜂蜜を混ぜたくらい甘い考えだった。
それもこれも、全て計算の内だった訳だ。
ちッ、こんな時ばかり頭の回転が良い。秋也に聞こえない様、俺は小さく舌打ちをした。
こんなコトになるのなら、部屋に篭もったりしないで、図書館でも公園でも釣りにでも。
この際場所など何処でも良いから、連絡が取れない所へ出掛けておくべきだった。
既に今更そんな風に思っても、後の祭としか言えないが。それでも思わずにはいられなかった。

「行かないの?」
「うッ、あー…。そ、そうだったね、じゃあ行ってくるよ。」

引き攣った笑みを返しながら、答える俺に。全く秋也は気付かず、相変わらず笑顔を浮べたまま。
「いってらっしゃい」と送り出してくれた。この時ばかりは、そんな秋也の笑みが憎らしかった。
本当はこのまま、三村の家など行かず。違う場所へ行こうと頭の隅で考えた。
が、その場合恐らく、三村は再び秋也に何かしら言うに決まっている。
俺が秋也に弱いコトを知っているから。…後で覚えておけよ。
そんな思いを胸に、渋々とだが、結局三村の思い通りな展開に進む羽目になるのだった。










***










そうして訪ねた、三村の家。
やはり来るべきではなかった。激しい後悔の念に襲われた。
着いて早々戻ろう玄関の扉に手を掛けた。
が、当然それは三村が俺の腕を引き、鍵に手早く施錠するという具合に阻まれた。
だからと言って、俺も簡単に諦めるわけにはいかなかった。

「折角来たのに、何で帰ろうとすんだよ!!」
「帰りたくもなるわッ、何だその手に持ってるモノは!!!」
「セーラー服に決まってるだろ? 見て解らないのか?」
「解るけど!!じゃなくて、どうしてそんなモノ持ってるかって意味だよ。しかも何でソレを俺が着なきゃいけないんだよッ?!」

表へ出ようと、玄関で必死の抵抗をする。
冗談ではない、何が哀しくてセーラー服など俺が着なければいけないのか。

「だから、今日は記念日だって言っただろ? 新たな記念の第一歩の為のアイテムだ!」
「どんな理屈だッ!! 離せ、馬鹿。俺は帰る、今すぐ、一分一秒たりともこんな場所に居られるか!!!」
「そんなに照れるなよ。」

頓珍漢なコトを三村は口にし、あまつさえ頭を人差し指で小突かれる。
どうしたらこんなに、自分の良い様解釈出来るのだろうか?
前向きと称すれば聞こえは良いが、ココまで来ると自意識過剰も良い所だ。

「何処をどうしたら照れなんて思うんだよ!! 照れてない、全く照れてなんかないから。兎に角、俺を帰してくれ!!」
「そんなコト言われて、俺が帰すわけないだろ?」

そうして、グッと力よく引き寄せられたと思うと、扉から離され廊下へと続く床の上に押し倒された。

「そうやって、いつも最後は力任せに物を言わせるなッ!」

せめてもの抵抗と、相手を睨み付け、足を動かし蹴りを繰り出す。

「人聞きの悪いコト言うなよ。そんなコト言うのはこの口か?」
「ッ?!」

しかし上手い具合に俺の攻撃を交し、そのまま唇を唇で塞がれた。

「まあ、玄関先にいつまでも居るのもなんだし、上がってゆっくりしていってくれ。」
「何するのさ、はーなーせーッ。てかもう誰かー、助けてーッ!!!」

暫く解放されると、いつの間にやら靴を脱がされ、担がれる様に中へ連れ込まれる。
そして俺は、無駄な抵抗と解りつつも、叫ばずにはいられなかった。

「暴れたら危ないだろ? それと残念ながら、今この家に居るのはお前と俺だけだ。つまり2人っきりってやつだな!」
「………。」

何処までも手回しが良い。昨日アレだけ言ってたのだから、この事態は寧ろ納得がいくのだけれども。
しかしココまでやられると、執念めいたものを感じる。否、執念そのものだ。
恐るべし三村信史、一度決めたらどんな手段を用いてでも、実行に移す男…。
って、関心している場合ではない。こうなるコトが解っていたから、三村の家など来たくなかった。
やはりあの時、後で三村や秋也に何を言われるコトになろうとも、何処か違う場所へ行くべきだった。
そう思っている間に、気付けばベットの上へと下ろされていた。

「ほら、いい加減諦めて着てくれよ?」
「嫌だッ、何で俺がそんな物を着なきゃいけないんだよ、納得出来ない!!」

目の前に差し出されたソレを、ぐいっと両手で押し返す。

「それはさっきも説明しただろ?」
「あんなの説明になってないッ!」

問い掛け口調の癖に、三村の手は俺の服へと伸びており、器用に服を脱がせソレを着せられていく。
その姿に、ああホントに変な所で器用だよな。と何処か遠い所で改めて実感する。嗚呼また、感心している場合ではないのに。

「何すんのさッ?! ………この、変態!!!」

唯一自由な足を思いきり振りかざし、蹴りを入れ様としたが。反対に掴まれ押さえ込まれ、見事に俺は自由を全て奪われた。

「俺だって、ホントはこんな手荒な真似したくないんだぜ?」

けどお前が暴れるから仕方なく…、等と口をし、俺を見る三村の顔は笑みを浮かべており。
俺の力では、到底三村に敵う筈もなく。結局全ての抵抗も虚しく、為すがまま。三村により、セーラー服に着替えさせられていた。

「大体コレは何だよ?! どうして俺は手を縛られてるんだよ!!」

最悪だ、こんなの屈辱以外の何物でもない。
しかも着替えさせられただけならまだしも、俺の手はセーラー服のリボンで縛られた状態になっていた。

「ん? ああ、お前が暴れて抵抗するからだろ?」

言った三村の顔は、とても楽しそうに見える。

「嘘だ、絶対趣味入ってるだろ…。」
「まあ細かいコトは気にするな、準備も出来たコトだし、お祝い始めようぜ?」
「………すっごく聞きたくないけど。お祝いって、何をするんだよ…?」
「この状況を考えたら、今更聞くまでもないだろ? ほら、記念日の今日、新たな世界が開けるかもしれないし!」
「……そんな物、開きたくないし。開けなくて一向に構わないよ…。」

俺の呟きは、浮かれている三村の耳に、届くコトはなかった。
ホント、どうして俺は、こんな奴と付き合っているんだろう?
昨日も思った疑問、頭を過って行ったが、再び口付けられ、服を捲り上げ忍び込んできた手に、俺の思考は次第に霞んだ。










***










散々大声で叫んだのと、暴れた所為で(それ以外にも原因はあるが)疲労感に見舞われ。
ベットの上で、ぐったりしている俺の隣には、満足気な表情を浮かべた三村の姿が映る。
結局、三村の為すがまま、コトが進み、曰く『記念日の新たな思い出』が出来てしまった。

「それならどうして、俺だけがこんなカッコしなきゃいけないのさ…。」
「ああ、それが不満だったのか? なら次は二人共着替えるか?」

自分の格好に納得がいかず、ボソリと文句を吐けば、俺の言葉が聞こえたらしい三村は、そんなコトを口にする。
…違う……。そうじゃないと、解って言ってるのだろうと思わずにはいられない。
が、頭の中が、素敵にオカシイな感じになっている三村のコト。本気で言ってるのかもしれない。
しかも今回の件で、三村は俺にとっては有害で、迷惑極まりない趣味にも目覚めてしまったようだし。
今後も、頭痛の種が絶えないコトだけは確かだろう。けれど、今の俺には、そんな三村に文句を言う気力も失せていた。
三村には何を言っても無駄だ。という思いと、次もきっと三村の思い通りにコトが運んでしまうんだろうな。
そんな思いが頭の中に浮かんだ。
しかし何だかんだ言いながらも、本気で拒み切れない己が存在するのも事実で、三村だけを責めるコトは出来ない。
その事実が、余計に悔しく憎らしい。

「これからも、新たなメモリアルページを増やして行こうな!」

未だぼんやりしていた俺の耳に、届いた三村の声。それと同時に、ギュッと抱き締められた。
顔を上げ、視界に映った三村の顔は。楽しそうで、嬉しそうで、倖せそうな物だった。
そんな表情をされると、全て許してしまいそうになる。
もしかするとそれは、俺自身が気付いていないだけで、三村に感化されつつあるのかもしれないというコトであり。
イコール、俺も知らずに内に、こういったコトを楽しんでいるかもしれない。
そんな恐ろしい答えに行き着いた。自ら導き出した事実にゾッとし、俺はそれ以上考えるコト自体を放棄した。
嗚呼絶対、次もまた俺は拒み切れず、三村に押し切られてしまうんだろうな。
どうやら俺も、相当頭が沸いている人間なのかもしれない。
















fin.