「最低ッ!」

平手打ちと共に、浴びせられた言葉。
ありきたりな、決り文句しか言えないのかと、他人事の様な。何処か遠くで聞いていた。
背を向け走り去って行く後姿を、興味も沸かず、無関心に見送った。




















俺が初めて付き合った相手は、慶時と同じ身長をしていた。

(けど、背が伸びたから別れた。)

その次の相手は、漆黒の艶やかな髪型が同じだった。

(ある日、髪を脱色してきたから別れた。)

その次は、声が似ていた。

(風邪を引いたとかで、声を嗄らしてきたから別れた。)

次は、透き通るような白い肌が同じだった。

(日焼けして黒くなったから別れた。)

他には、切れ長で黒目がちな所が同じというのも居た。

(カラーコンタクトを作って付けてきたから別れた。)

そして、つい先ほどまで付き合っていた相手は、細身で華奢な所が似ていた。

けれど実際は、抱き締めたら骨が当るくらい慶時の方が細くて。
男であるわけだから、あんなに柔らかい肢体もしていない。だから、別れた。

別れるコトに、対した理由はいらない。付き合う理由も同様だった。



慶時に対する自分の想いが、親友とか、幼馴染み家族でもないモノへと変化したのはいつの頃だったか。
そんな事実に気が付いたのは、極最近のコトだった。
否、自分自身のコトなのだから薄々は解っていた。只、気付かぬ振りをしていただけ。
認めて、肯定してしまったら最後。
この想いを打ち明けるコトも出来ず、成就するコトも叶わないモノなのだと思い知らされるだけ。
だから内に秘めて、悟られぬ様、気付かれぬ様必死に誤魔化してきた。
でも、無意識の内にソレは現われていた。今まで俺が付き合ってきた相手達には共通点があった。
身体の極一部でも、慶時と同じ物を持ち合わせているか否か。
似通った部分を持ち合わせている人間ばかりだった。
けれど、当然本物に勝るモノなんて、本人の他に居るわけがなくて。
俺は彼女達のコトが好きだったわけじゃない。慶時と同じ、似た相手の、その部分が好きだっただけ。
結果、些細な理由でスグに別れる。その繰り返し。
けど、こんなコトをしても虚しいだけだと思った。
彼女達と付き合っていても、疲れるだけで、何にもならない。
そんな風にしている内、誰とでも付き合う軽い人間とか。
取っ返え引っ返え相手がスグ変わる遊び人等と回りで囁かれる様になっていた。
滑稽すぎて、笑い話にもならない。遊ぶほどの付き合いもしていないのに。





そんなコトを考えながら、気付けば保健室の前に辿り着いていた。
この曜日の、この時間。保健委員で仕事がある慶時は、室内に居る筈。
ノックもせず、ガラリと扉を開ける。



室内には、予想通り慶時が居た。
突然の来訪に驚いた表情を浮かべ、俺の方を振り返った。

「…吃驚した。どうかしたの、信史?」

そう言って立ち上がると、俺の方へと近付いて来る。
途中、何かに気が付いたらしく、慶時の表情(かお)が苦笑に変わった。

「また?」
「…ああ。」

簡潔に答え、扉を閉め室内へと入る。

「紅くなってる…。叩かれたの?」
「平手打ち。」

叩かれた左頬へ、手がそっと伸ばされ触れてくる。
ほんのり熱を持っていた部分に、慶時のひんやりと冷たい手の感触が伝わる。

「冷さないと、腫れちゃうね。」

そうして慶時が、触れていた手が俺の頬から離れて行く。
今まで触れていた手の感触が遠のき、僅かな寂しさを感じる。
慣れた手付きで手際良く氷嚢を取り出し、タオルに包(くる)む姿を見つめながら近くにある椅子へと腰を下ろす。
氷嚢を手に、戻ってくると、俺の前へと達、頬へ宛がう。
先程感じたのとはまた別の、冷たい感触が伝う。目を瞑り、ジッとしていると慶時の声が聞こえた。

「程々にしておきなよ。」

嗜めるよう口にした言葉に、目を開ければ。相変わらず慶時が苦笑を浮かべていた。
怒るわけでも、咎めるわけでもなく。只、静かに。
そんな慶時の言葉を聞くのは、一体コレで何度目だろうか?
最近の俺が彼女達と別れる度、慶時が口にするようになった。
この言葉以外を、口にするコトは決してしない。
胸の内で、何を思っているのか密に気になったりする。けれど言葉通り、本当にそれだけのような気もする。

何となくその表情を見ていたくなくて、腰元に腕を絡ませ抱きつく。
俺の行動に一瞬驚いたらしいのが解る。
けれど何も言わず、暫し間を置いて背に腕が回された。

「こんなコト言う権利、俺には無いかもしれないけど。もっと自分のコト大切にしなよ。」
「・・・。」
「信史には、誰か想う相手が居るんでしょ?」
「ッ?!」

そこまで解っている癖に、肝心な部分は伝わっていない。
そんな事実に安堵すると共に、落胆めいた気持ちが混在する。
俺達は只の幼馴染みで親友でもあり、幼い頃からずっと一緒に育った家族だ。
こんなにも近しい距離にいるのに、手を伸ばしても届かない。
感傷的な気分になっている所為か、もどかしい感情が込み上げてきて、思わず涙が溢れそうになった。












いちばん近く遠いひと





fin.




(05.10.04)